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第84回戦略経営者セミナー
 梅の花も咲くのを躊躇うほどの厳しい寒空の中、平成24年2月2日、第84回戦略経営者セミナーが開催されました。
 今回の講師は小田高資氏。「男塾」という次世代を育成するという目標を掲げる塾の長を勤めている方です。
 小田氏は人前で話すということは滅多になさらない方です。これまでは「男塾」へ重きを置いておられました。 しかし、平成23年3月11日の東日本大震災を機に、もっと多くの人へ発信すべきと考えを改められ、今回のセミナーの講師依頼も快諾してくださいました。
 小田氏は、今でこそ多くの企業経営者から対話を求められるほどの方ですが、これまでの人生は多難なものでした。
 22歳から世界の真実を学び、製薬会社で薬の実態を学び、自分自身の臨死体験から健康を深く学び、息子さんの早過ぎる死を体験して命の尊さを身を以って学び、それ故、社会の理不尽さ、命の尊さ、命を守るすべてを知り得ることができたのだそうです。
 氏曰く、多くのインスピレーションによって導かれた、とのこと。
 ある日、ふと「東京へ行こう」と思い立って、たった1万円で東京まで来てしまった思い切りのよい経験をされました。その上京の為に、とことん追求し西日本で2位にまで登りつめた、愛してやまないサーフィンをきっぱり捨ててしまったそうです。
 たった1万円では、すぐに困窮するのは想像に容易いこと。無一文となったそうですが、その中で製薬会社の社長と出会い、就職することになったそうです。
 しかし、その後、ご子息が不幸に見舞われます。
 今回の講演で小田氏が特に仰っていたこと___命は尊いもの。これは言うまでもなく、皆さんにはご理解いただけるかと思います。
 小田氏自身、齢3歳のご子息を亡くされました。
 当時、緊急手術で命を託したのにも関わらず、手術室から出て来たご子息は、命を繋ぎとめる為の無数の管が巻かれている変わり果てた姿になっていたそうです。
 医療ミスによる植物状態。そして追い打ちをかけるように、入院費として月に250万円かかるという現実___。
 そのご子息の今際の際、氏は不思議な体験をされました。
「きっと今日でお別れだ…」不意にそんな考えがよぎり、車を走らせ病院へと向かう。いつもであれば渋滞している高速が、そのときはまったく渋滞がなく病院までたどり着けたそうです。
 ご子息の手がグッと自分の手を握り締めて、すぅっと力が抜けていくのを感じ、「ああ、天に召されたんだ…」と魂が離れる瞬間を身を以って体験されました。
 渋滞に巻き込まれていれば、今生の別れには立ち会えなかった。だからこれは、きっと目に見えない何かがたどり着けるように仕向けてくれたのだ、と後に思うようになったそうです。
 言葉では説明できない事象が重なり、この世は目に見えないもの___所謂、神やご先祖様といったものが、その人にとって相応しい出来事を与えてくれているのだ、と思い至った氏。
 日本には、古来より独特の宗教があります。神道というものがそれです。神道では、すべてのものに神が宿る、という考えを持ち、「八百万の神」という言葉があります。すべてのものには、言葉も含まれます。これを言霊と言います。
 例を氏は挙げて下さいました。世界的に有名な歌手マドンナ。彼女は、まったく無名だった頃から「私はマドンナよ!」という言葉を、まるで有名人が如くよく使っていたそうです。その賜物か、まさしく世界的に有名な歌手に彼女はなりました。嘘のような本当の話です。
 だからこそ、言霊は大事なのだ、と氏は説きます。
 おそらく、良くも悪くも使った言葉がそのまま現実になってしまう力があるからでしょう。
 神道、仏教等の宗教にも造詣が深い小田氏。ひとつのことを多面で捉えることは造作もなく、しかも無意識のうちに当たり前としている方なだけに、話題が尽きず、掻い摘んで駆け足での講演と相成ったのが、残念でなりません。
 企業にとっての原動力は社員で、企業にとっての命そのもの。その社員への投資を惜しみなく行っている企業の実例を挙げ、小田氏の考える「経営」を説かれました。
 例えばGoogle社。勤務時間中の2時間は社員が好きに利用して、部署の隔てなく交友することが許されている。企業にとって生産性のない無駄な時間、と思えるこの時間があったからこそ、世界に通用する新しいサービス等が次々に生み出され、今日に至ったのだそうだ。
 会社にとっての尊い命として社員を認識しているからこそ、命が輝く度合いに比例して会社も輝けるのかも知れない。
 仏教において「径寸(けいすん)十枚これ国宝に非ず、一隅を照らすこれ則ち国宝なり」という言葉があります。「径寸」とは金銀財宝のことを意味し、「一隅」とは今、自身のいるその場所のことを意味します。
 多くの財は国宝ではなく、自身が置かれた状況立場で惜しみなく力を発揮する者こそ宝である___これは比叡山・延暦寺を開かれた大教大師が著述されたもので、「一隅を照らす国宝にもなるような無二の人材」を育成したいと熱意が込めて記されたそうです。
 この言葉は個人単位でのことを指しているように聞こえますが、企業を単位として考えても、規模が違うだけで同義のことが当てはまると思います。
 小田氏がなさっている昨今の活動は、これを気付かせ根付かせることに繋がっているのかもしれませんが、それ以前に、小田氏自身の活動そのものがこれに当たるのではないのでしょうか…。
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2012/02/06(Mon) | セミナー | トラックバック(0) | コメント(3) | page top↑
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